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夏になると、野生のオルカが鮭を追ってたくさん集まってくる、カナダ、BC州のジョンストン海峡。その中でも、オルカが特に頻繁に通過するハンソン島から、毎日の生活とオルカの様子を、日本の皆さんにお届けします!

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8月19日 京都KBSホール

2018. 8.19(Sun)@KBS京都 
[KiM&京都MUSE presents 武骨夜(ブコツナイト)]


武骨夜というイベントの魅力はF.I.Bのライブレポだけではどうにも伝えきれませんので、できればこの長ったらしいレポを読む前に以下のブログや対談を読むことをおすすめします。イベントの背景がわかって面白いと思います。
わたしはライブ後にオフィシャルの対談を読み返してあふれ出す余韻に浸ると共に、来年もKBSで武骨夜を開催してくれないかな、やってほしいな!楽しみだなー!というワクワクで胸がいっぱいになりました。


わたしのブログ「KiMありがとうのお話」
https://note.mu/weeawu/n/nf35fb6f95c0a

KiM江頭さん&京都MUSE行貞さん対談
http://www.frontofunion.com/bkn/taidan.html

KiM江頭さん&F.I.B JJさん対談
http://www.frontofunion.com/bkn/taidan_jj.html







「本物」って何でしょうか。
みなさんそれぞれに好きなバンドがいて、それぞれの視点で価値を見出しているはずですから、
人によって本物は違うと思います。

上のリンクで紹介した「KiMありがとうのお話」にも書きましたが、
今年の2月にKiMの優さんがSNSでこのイベントのことを「本物しか出ません」と紹介したとき、まだメンツも発表されていないのにわたしのあたまに真っ先に浮かんだのは当時活動休止中だったF.I.Bでした。


もちろんF.I.BモッシュクルーであるわたしがF.I.Bのことを「本物」だと思っているのはきわめて当然のことですが笑、まあそんな自分の価値観はさておき、長年F.I.Bを見るのと同時に彼らのいた京都のシーンもリアルタイムで見てきたわたしには、


「KiMはF.I.Bのことを本物だと思っているはずだ」


という確信が心のどこかにあったのです。

ハードコアとメロディックハードコア。鳴らす音楽の方向は少しばかり違えど、その音楽とバンドの本質、そして何より根底に人としての強い信頼関係があるかないかで
「自分たちにとって、本物かそうでないか」
を判断しているのではないかと思ったのです。


強い信頼関係なんてそうやすやすと手に入れられるものではありません。
KiMが長い時間をかけてじっくりと積み重ね、築き上げてきたものがどれだけ偉大なのかは今回のラインアップを見るだけでもわかると思います。


bukotsu1.jpg



なかなか本編のレポに入れませんが、あまりにも書きたいことがたくさんあるのでもう少し前置きを続けさせてください!

当日の5日前(8月14日)のことです。武骨夜のタイムテーブルが公開され、


bukotsu2.png

F.I.BはMEANINGの次だということがわかりました。



前回のブログ(KiMありがとうのお話)にも書いたように、わたしは気持ち悪い能力を発揮してF.I.Bが武骨夜に出ること自体には気づいてはいたのですが、ラインアップを見た時もうひとつ大きな喜びがありました。
それが「今度はMEANINGと一緒に、F.I.Bを見られる」ことだったのです。


F.I.BとMEANINGは誰もが知る盟友です。
わたしたち常連とも言える客はただライブを楽しんでいただけではありません。度重なる2マン、お互いの曲へのゲストボーカル参加、プライベートでも一緒に遊んでいるのをSNSで見たり、ダブルレコ発のときのMCでお互いを讃えあって感極まって涙を浮かべるようなこの2バンドの関係性も全部含めて、わたしたちは「F.I.BとMEANING」が大好きだったのです。


だから3年半前、F.I.Bが活動休止した2015年3月1日の京都MUSEの日。
活動休止自体が悲しかったのはもちろんですが、そこにMEANINGがいなかったこともわたしたちF.I.Bモッシュクルーはとても悲しかったのです。(MEANINGはその日、以前から決まっていた名古屋でのライブでした)。


あのファイナルの京都MUSEの日、MEANINGのメンバーさんたちはどれだけあの場にいたかったことでしょうか。当時ご本人たちも散々おっしゃっていましたが…。


そういやあれは2015年2月13日、活動休止ツアーファイナルの1本前の新代田でのことでした。
To Another WorldからのAre you standing on?で、客席にダイブしてきた隼人さんが大声で叫んでいたんです。


「辞めんな、辞めんな、辞めんな」って。


隼人さんを一生懸命支えながらフロアのわたしたちもこらえきれずにエグエグ泣いてましたよ。

客席を転がって前に戻されステージにおろされた隼人さんは、中途さんをぎゅーーーっと抱きしめると袖に消えました。京都のファイナルには来られなかったからその日がMEANINGメンバーさんたちがF.I.Bを見た最後だったんです。



あれから3年半の月日が流れて、時間は武骨夜の前に戻ります。






もちろん武骨夜主催のKiMは、F.I.Bとの関係性だけでMEANINGを誘ったわけではなく、他のラインアップとの関係や音楽性を考えても適任であるMEANINGを選んだのだと思います。
しかしそんな中でもわたしたちF.I.Bモッシュクルーとしては武骨夜のタイムテーブルを見たとき、


「やっぱりKiMはこの2バンドは盟友なのだと考えてくれていた」


とわかって、とてもとても嬉しかったのです。
いやもう感謝で土下座レベルですよね…。

イベントの流れはもちろんですが、出演バンドどうしの関係、そして見に来るたくさんのお客さんの想いをいろいろ汲み取って考えてくださった順番なのだなと思いました。



さて、やっぱり前置きが長くなりましたがようやく当日です!!
はやる気持ちを抑えきれず数時間まえに現地へ行くはずだったのに、向かう時点でかなりパニクっていたわたしは思いっきり電車を間違えて逆方向に乗りました。
そして早くも半泣きになりながらリストバンド引き換え開始の11時ギリギリに現地に到着しました。



お友達に保護され、受付のテントでリストバンド交換。
開場までにはまだ1時間あったのですが、すでに多くのお客さんが集まって賑わっていました。
ドリンクカウンターのテントもあり、KiMのおふたりがやってらっしゃる大衆居酒屋「壬生夜吉」も出店していて、お客さんが日陰で椅子に座って飲食できる休憩スペースも確保されていました。




復活するF.I.Bを見にくるお客さんが多いであろうことは予見できていたことなのですが、想像をはるかに超えるF.I.BTシャツの多さにびっくりしました!!

しかもみんな、きっとタンスの奥底から引っ張り出してきたであろう色あせて毛羽立ったボロッボロのTシャツ。
当時はみんなSサイズを着ていたのでなんかちょっとピッチピチ…!笑


ウーピーズ時代からのお客さんの顔も多数見かけました。もう長い間ライブハウスで見てなかったなあ、久しぶり!というような人たちも。

ここ最近ライブ来る時は私服だった人たちも、子供が生まれて親になって環境が変わったはずの人たちもみんな、ちゃんと当時のF.I.BTシャツを引っ張り出して着て会場に来ていました。


これだけの人数のひとたちが当時物販でF.I.BのTシャツを買ってライブで暴れていたんだな。
何年かの間にライブハウスに来なくなっても、F.I.Bが休んでしまってからも、みんなボロボロのTシャツを捨てずに思い出と共にしっかりタンスの奥底に保管していたのだな…。
そう思って、それだけで胸いっぱいになってしまうほどすごい数のF.I.BTシャツの面々でした。


わたしはどの時代のどんなF.I.BTシャツを着るべきか6ヶ月あたまを抱えて悩みまくりました。
あげく、この日いちばん叫びたい言葉を背負うために、きっとわたししか着こなせないくっそダサいTシャツを泣きながらステンシルで自作して着用してきました。


bukotsu3.jpg


呼吸が荒くなってきたのでお友達に付き添われてさあKBSホール内へ!
まずは物販の長〜い列に並びました。
そうなんです、3年半ぶりのライブでF.I.Bはしっかり物販を用意して来ていたのです!!


表に「Fill In The Blanks」と書かれているTシャツは白と黒の2種類。わたしは白を購入しました。
bukotsu6.jpg


結構シンプルだなあと思ったら、背面にはなんとメンバー全員の名前が…!!
F.I.Bモッシュクルー以外に着こなせる人はいないであろう、ものすごく強気のデザイン。

bukotsu5.jpg




そして謎に現物の届いていないiPhoneケース…お金を払って後日発送ということでした。わたくしはTシャツとセットでこちらも購入し、後日無事に届きました。

bukotsu7.jpg

(現物間に合ってないことや解像度をはじめ色々ツッコミを止められないほどF.I.Bらしさ満載!もったいなくて使えずに現在も袋に入れたまま持ち歩いています)



お買い物のあとはすんなりクロークに荷物を預けることができたので、ホールへ。
リストバンドがあるので入退場も自由です。

ソールドアウトの大きな会場でしたが物販以外は並ぶこともなく、「真夏の京都」というわりと地獄の環境であるにも関わらず極めて快適でスムーズで、細かいところまでよく考えられているなあと思いました。



ステージはふたつ。
四角い会場の正面がステンドグラスステージ、左側が日の丸ステージです。当日の見取り図がみつからなかったのでこれはわたしが適当につくったイメージ画像ですが、たぶんこのような感じでした。ステージが違っても同じ会場ですので前のバンドを最後まで見ていても次のバンドを見逃すことはありません。
bukotsu4.jpg



全バンドのレポをしようと思ったら一生終わらないので、今回は大変申し訳ありませんがF.I.B以外は省略させていただきます…。
だけど、どのバンドもものすごく楽しかったです!!
F.I.Bの直前、ステンドグラスステージのMEANINGのとき隼人さんがステージを飛び出してF.I.Bが待機する日の丸ステージにきちゃったことだけ記しておきましょうか。
ほかの出来事やライブの様子については、わたしがここに書くよりもインスタで「#武骨夜」で検索したほうがライブのようすを含め当日の写真がいっぱい見られるのでオススメです。





さあ、その時がやってきました。




音出しの段階でフロアからわあっとあがる歓声。
前のほうには昔からのお客さんたちがいっぱいいて「3年半長かったねえ」とか「ここウーピーズみたいだね」とか「Are you聴きたい」とか口々に言っていました。


「心臓が口から出ます」
とわたしはまわりのお友達に言いました。
「今日はみんな同じようにF.I.B見たいんだから、倒れても誰も世話してあげられないから落ち着いて」とわたしにいう彼らもまた落ち着いてはいないのがわたしにはわかりました。



とうとうメンバーさんがステージに出てきました。
ギャーーーーーーーーー!!と絶叫するフロア!!

ばくばくと破裂しそうな心臓。
キュイーン!とギターがなって、予想通りイントロからです。


わたしは興奮しすぎてイントロの段階で抑えきれずにまわりの人にぶつかっていきました。おそらく中途さんが「久しぶりやな京都、F.I.Bはじめます!」って言ったと思うのですが、マイクを通したその声もかき消されそうなほどの凄まじい歓声に会場は包まれていました。


そして1曲めはまさかの…



「Are you standing on?」
ぎゃああああああああああああ!!!!!!



Are youのイントロを聞いて着火された爆竹のように一気にはじけ飛ぶフロアの群衆!!
えっえっF.I.Bって復活のステージをこの曲で始める引き出し持ってたの!?

2006年にPIZZA OF DEATHのコンピに収録され、彼らの名前を一気に全国に知らしめ衝撃を与えた超名曲「Are you standing on?」は、本当はちょっとトリッキーな曲なんです。
なぜなら、アルバムに収録されていないから。

アルバムをコンプリートしていてもコンピを持っていないファンは反応できないし、(なかなかライブを見に来られないであろう)地方に行った時は反応が薄かったのを何度か見たことがありました。

だけど、今回の色あせたピッチピチのF.I.BTシャツを引っ張り出してきたモッシュクルーたちにとっては「もちろん」Are youは身体にしっかりと刻み込まれた火の玉ストレートの超名曲ですよ!!
実は「どうしてもこの曲を1曲めにしてほしい」とリクエストしたのが、前述のMEANING隼人さんだったようです。


MEANING Blog 「KYOTOでBUNMAWASHI」
http://www.meaning666.com/blog/hayato/kyotoでbunmawashi/



もしかしたらF.I.B的には3年半ぶりのライブでこの曲で始めるのはちょっと勇気がいることだったかもしれませんが、ここの信頼関係はそれすら凌駕するものだったんですね。結果フロアのわたしたちは衝撃と感動にむせび泣きました。


しかし感動に浸る余裕もなく次から次へと転がって襲ってくる空中の人の波!痛くて苦しくて、だけど最高にうれしい中まったく上を向くことができません!
上から前後左右からボコボコにやられ視界ゼロの耳に飛び込んでくるのは、ステージ上のF.I.Bの音だけではなく…わたしのいるフロアからの大きな歌。


そう、気がつくと会場全体が鳥肌たつほどの大合唱に包まれていたのです。
どんな大アーティストのライブや!!笑


次々と降ってくる人を「ふんぬっ!!」と死ぬ気で支えながら、「広い会場だけどホールではなくてこれは大きなライブハウスだ」とわたしは思いました。



中途さん「どんどんいきまっせー!あげてきてや!!」



始まったのはYou will be the next!
止まらないどころかさらに増す会場全体のシンガロング、前から後ろから押されて息もできないくらいの圧迫感。ぎゅうぎゅうのなかで溢れる笑顔、笑顔、泣き顔、笑顔たち。
後ろのお兄ちゃんが何かめちゃくちゃに絶叫しながらわたしを踏み台にして飛んでいきました。いけぇーーーー!!

曲はどんどん続きます、promised place。
わたしも「うぬぬぬぬぬぬぬ」と圧迫感をはねのけて何とか人の上におどりでます。
でもすぐさまもみくちゃになりました。上空のはずなのにそこにも人、人、人!!

顔面を押しつぶそうとする誰かの足を手で払いのけ、自分の下にある誰かの肩を押して少しでも上にあがりどこかへ転がろうとしましたが、ダイバーどうしが折り重なってどうもうまくいかない、なんだこりゃ!
大変すぎて笑いがこみあげてきました。しあわせ!!


すったもんだの末最前に落とされてセキュリティさんにしっかり抱き下ろしてもらい、大きく柵の外を走って急いで後方からフロアに戻ります。

ああ、約束の場所。ステージを見ながら急いでぎゅうぎゅうの人をかき分けて前の方にむりやり進み、誰かの横を通り過ぎた時に裏返った声が聞こえました。



「やばいよマジでF.I.Bだぁ…」



そうだよ、わたしたちF.I.B見てる。
いや、F.I.B見てるんだから当たり前なんですけれど。

なんていうかこれは、いくら書いても見ていない人にはわからないと思うし、逆に当日あの場にいた人にはどういう意味か伝わると思うのですが、




「本当に活動休止していたのか?」という疑問を抱くほどに、F.I.Bは「F.I.Bのまま」だったのです。



だって3年半のブランクですよ…?
言い方はあれだけど、長い間動いていなかったバンドが再始動したら「懐かしい、この曲が聞けて嬉しい」という気持ちと同時に、どこか全盛期と比べてしまい、「それなりの時間が経ったんだな」というエモーショナルな気持ちを抱く人も多いのではないでしょうか。


しかし3年半ぶりにライブをしたはずのF.I.Bは、想像を絶するくらい「いつもの」F.I.Bだったのです。
まるであの活動休止の京都MUSEの1週間後くらいであるかのレベルで!!
彼らには時空を捻じ曲げる力でもあるのでしょうか…?




「おおきに、久しぶりやな京都!」
中途さんがまったくいつもの調子でしゃべり出しました。


「3年半ぶりのライブやけどみんなまだまだ若いなあ!!こんな光景みられてほんと俺らはラッキーなバンドやと思います。でも情けないけど俺らのライブは5人だけじゃ成り立たへん。ここにおる全員の手を借りてつくりあげるのが俺らのライブ。けどそこが俺らのいいとこやと思ってんねん!!」


MCの途中からジャーンと演奏がはじまり中途さんが叫びました。
「Story!!」

脳内にどばあっと溢れ出すへんな汁!
そうなんです、ステージだけでなくフロアのモッシュクルーがいないと成り立たない、会場全体がひとつになってこそのF.I.Bなんです。
これぞF.I.Bなんですよ!!


クラップユアハンズ、モッシュの時間だ!


改めて広い会場を見渡しました。
すみからすみまで果てしなく広がる手拍子の光景の美しいことといったら…。
広いKBSホール、数年前のポルノ超特急に出たときちょっとアウェイだったこの会場は、いま完全にF.I.Bのホームとなっていました。最っっ高!


曲おわって再びMC。
「バンドが活動休止になって太ったんですよ」とどうでもいいことを話し始めた中途さんに「そんなんええから曲やれやぁ!!」とのフロアからの野太い声(わたくしではありません)笑
でもチューニングする時間をつくるために喋らないと中途さん弦のメンバーたちに怒られるとのことで、KiMの優さんがはるばる和歌山まで会いにきてくれたことがこの復活の決定打になったエピソードに触れて、感謝の気持ちなどをいっぱい話していました(わたくしも優さんにはきっと一生頭があがりません)。そして…



「ひとり一緒に楽しみたいやつがおる、さっき出てたMEANINGの隼人!!」



紹介された隼人さんが出てきて、笑いながら愛おしそうに中途くんのほうを向いてこう言いました。

「なんでちゃんと声作ってきてんの?前みたいに2曲めくらいでだらけてよ」


よく考えたら暴言なんですけどこのふたりがステージで並んでふざけながら喋ってる光景見るだけでもわたしらモッシュクルーは号泣ですよ!笑

もちろん始まった曲はso we can claim。
ピンクの悪魔が広い会場に雄叫びを轟かせ、疲れを知らないフロアがまたパーーーンと弾けてぐっちゃぐちゃになりました!!短い曲のなかでわたしの両隣がほぼ同時に飛んでゆきわたしは支えきれず押しつぶされてずぼっとフロアに沈みましたが、瞬時に何人もの手がひっぱりあげて立たせてくれて誰かが背中をぽんぽんと叩いてくれました。


さらに「今日はライブハウスをこの大きなサイズにしたイベントだから、大きい場所で大きいサークルが見たい!」と叫ぶ中途さん。

何かを察したモッシュクルーたちが人を後ろに押しのけてゆき、ぎゅうぎゅうだったはずの会場の真ん中に丸いスペースができました。
あさサークル準備完了!始まったのは…




「Cast Off The Tinsel Lie!!」




The Earthじゃないんかーーーーーーい!!(ズコー)



ああ、伝わる人には伝わると思いますがこういったあたりも実にF.I.Bですよね…
しっくりくるわ…泣

ズッコケながらも何とか気持ちをたてなおしてキャストオフ、身体暑くて心も熱くてそろそろ身体が脱水症状を訴えてきましたがF.I.B見てるのだからへばる余裕なんて全くない!!絶対に生きのびるぞ!!




と思ったら、次に流れてきたのは美しいギターのメロディ。


moonlightの「つなぎ」でした。



わたしは腹の底から大絶叫しました。
ライブのときだけしか聴くことができないmoonlightの特別なイントロ。
今まで何度聴いたかわからないけれど、毎回心の扉が全開になって全ての感情がバーンと開放されるようなメロディなんです。


さあmoonlight!!
号泣しながら上にあがろうとしたけど、曲が始まった瞬間、今まで以上にめちゃくちゃな人数が次から次へと飛んできました!
とりあえず負けるもんか死ぬもんかとパンパンの腕でひたすらにダイバーさんたちを前に送り続けました。そんな中でも制御不能な衝動につき動かされ、隙あらば上に登ろうと体が勝手に動くです。


壮絶な光景でした。
両足が地面につくこともないくらいぎゅうぎゅうで押されて潰されて大変だったけど、周りの人たちもあがろうとするわたしの動きに気づいてくれてあげようと頑張ってくれて、無我夢中で人の上によじ登りました。そして前に転がって…




うわー…
ずっとこの光景見たかったんだ…。




知ってました?人間ほんとうに求めていたものが手に入った瞬間って目に映るものがスローモーションに見えるんですね。

月光は眩しかった。
もみくちゃになる人々、必死の形相の兄ちゃんたち、綺麗にしてきたであろう化粧が全落ちで叫び狂っているお姉ちゃんたち、汗でドロドロ、Tシャツは毛玉、髪もびしょぬれのボサボサで拳を振りあげるモッシュクルーたち。みんな悲惨で笑えるくらいボロッボロのボロだけど、これがわたしが知る限り世界で一番うつくしい光景。



おかえりなさいF.I.B。




ああ、次の曲でラストだとわかる、最後のMCにかぶせるジャーンっていういつもの演奏。中途さんがニカーッと笑ってこう言いました。



「やっぱり俺らのライブは全員で作りあげるものや、みんなありがとう!!」



さあFill In The Blanks!!
もう何も思い残すことがあってはいけない!ゼエゼエいいながら戦闘態勢に入ります。
ぐっちゃぐちゃになっている会場でいちばん楽しいところに飛び込んで人にぶつかりまくりました。ダイバーをみんなで一生懸命あげて転がしました。知り合いかそうでないかに関わらず目があった人たちみんなと笑いあいました。たのしいいいい!!
そしてわたしたちは、最後の力を振り絞って叫びました。


ウォーオーオーオー!!







「ありがとうー!!」
満面の笑みをこちらに向けると、F.I.Bはステージを去っていきました。







ワンモォー!!
ワンモォー!!


今日はフェスだひ持ち時間は決まっており次のバンドも控えているのでアンコールなんてありません。しかし野太い声はなかなか止まりませんでした。

アンコールなんてないのはわかりきっていたのにしばらく叫び続けた後、やりきったわたしは膝からその場に崩れ落ちました。





しばらくして。
その場にしゃがみこんで号泣しているわたしを友達が発見してくれて、群衆の中から引っ張り出し、会場の外へと連れ出してくれました。


座っているだけでも汗がにじんでくる8月の京都。


「…F.I.Bだったね」
「ほんとにF.I.Bだった…」


わたしたちはしばらく他に何も話せずに、ただただ、F.I.Bを見たという余韻に浸っていました。





翌日気がついたのですが、あれだけきつくてめちゃくちゃやらかしたのに青あざがほとんどできていませんでした。
不思議です。フロアのみんなが百戦錬磨だったからでしょうか。




今こうやって書いていても思い出すだけでまた目から汗が出てしまうほど、3年半ぶりのF.I.Bは熱くてそのまんまで最高すぎたけど…。





だけど本当はあんな日の丸を背負ったんだからNO WAR!!をやってほしかった。
でっかいサークルの曲はThe Earthであってほしかった。
曲も少なくて短かった!!できればあと3曲は聞きたかった…。


本当に最高で最高をこえるくらい最高だったのにやっぱりほんのちょっと文句を言いたくなるところがF.I.Bなんですよね。笑

モッシュ クルーの欲は尽きることがありません。




初期からF.I.BのPAをやっていたトンチさんは最前で見ていたし、MEANINGのメンバーさんたちももちろん一緒に見られたし、呼んでくれたKiMと京都MUSEをはじめ昔から京都で一緒にやってきたバンドの仲間たちもみんないて、中途さんの言葉どおり「みんなで作り上げた」このライブ。



武骨夜は素晴らしいイベントでした。



あのときKiMの優さんのインスタに
「本物しか出ません、武骨夜なので」と書いてあったけど、終わってみて、


「そういや本当に本物しか出ていなかったな」と思いました。


1日通して出演バンドさんたちはもちろん、裏方の京都バンドのみなさんたちや手伝いに来ていた京都の各ライブハウスのスタッフさん、そして客層も含めて本物だったと今思い返しても納得してしまうくらいのイベントでした。




KiMの皆さま、生涯忘れられない最高の1日をありがとうございました。
何も知らなかったらヒイッとなるくらい怖いようで…実は誰よりも、溢れ出すように包み込むように優しいバンドだとあの日のライブを見ていて思いました。めちゃくちゃかっこよかったです。KiMで弾いていたJJさんもかっこよかったです。
後にJJさんはKiMの正式なメンバーになりました。



最後にわたしは、みなさまにこう言いたいです。
本当に腹の底から願うことがあるなら、それが必ず叶うことをまず誰よりも自分自身が信じろ。




3年半をFILL IN THE BLANKS!!




そうそう、ベースは抜けたけど他の4人は誰もひとことも一夜限りなんて言ってないですよ。きっとまた見られるとわたしは腹の底から信じています。


この日のKiMエガさんの言葉をお借りしましょう。

「この続きはライブハウスで」









(すべての出来事はいちモッシュクルーであるわたくし視点のものです。MCの言葉やもしかしたら順番なども正確なわけではないので「こんな感じだった」と楽しむ程度にしてくださいね。当日中にある程度はメモしていたりお友達と感想を話すことで思い出したりしていたのですが、全てをまとめて書き出すのになんと4ヶ月もかかってしまいました。待っていてくださった皆さまありがとうございます。メリークリスマス!)






















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2018-12-24 : ライブレポ : コメント : 0 :
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8月3日(最終日)

あさ5時半に目覚めました。
うそでしょ、夜の間コールがなかった…?

お留守番に疲れすぎて起きられなかったのかと思い、ラボ内に行ってログブックをチェックしましたが何も書いてありませんでした。いちおう、アシスタントがこれだけいる時期は夜シフトの人はラボ内で起きていてモニタリングしているので、本当に鳴かなかったのでしょう。
9日目にして初睡眠!!


そして、あすの朝に島を出るのでこの日がラストデイです。


午前6時半。
さてオルカたちはどこだろう、まだ東かな?とexploreのラビングビーチカメラを操作していると、遠い東にものすごくかすかにひとつのブローが見えました。

「ひとつ…?」

ブローは本当に遠くそれきり見えなくなったので、ザトウクジラかな?と思い一応アラートベイにいるポール(早起き)に携帯で報告。
そのまま各カメラで監視を続けていました。



午前8時半ころ。
無線で「オスのオルカが1頭でカイカシュ川沖を西へと進んでいる」との情報が入りました。
え、まさかさっきのラビングビーチ東の遠い遠いブローはやっぱりオルカだったのか…?
すごいスピードで、ずっと1頭で泳いで…




T73Bくん!!??ヽ(゚Д゚)ノ




前日にコモックスの入江から飛び出て北西へと向かったT73Bくん(前日の日記参照)は、ものすごいスピードでジョンストン海峡を西へと進み私たちのエリアを通過して行ったのです。
午前6時半のあのブローが果たしてほんとうにそうだったかはわかりませんが、時間的にはぴったりでした。

彼は9時すぎにテレグラフコーブ沖を通過し、西へと進んでいきました。




あとオルカラボジャパンのツイッター(@Orcalab_JPN)では報告していましたが、サザンレジデントJ17sのJ35さん(1998年生まれのメス)のことをこちらでは書いていませんでしたね。

サザンレジデントのオルカたちは深刻な食糧(キングサーモン)不足に直面しており、栄養状態が悪いためかここ数年は赤ちゃんが生まれてもすぐに死んでしまう状態が続いていて、生まれた赤ちゃんが死ななかったのはなんと3年前までさかのぼります。
この20年で40頭が生まれましたが、その間に死んだのは72頭だそうで、現在は全部で75頭しか生存しておらず絶滅の危険にさらされています。


そして、7月24日にビクトリアの近くで生まれたJ35さんの赤ちゃん。
生きて生まれたものの、わずか生後30分で動かなくなってしまいました。


オルカたちは知能が高く、赤ちゃんが死んだことはJ35さん自身も家族も認識していたと思われます。
しかしJ35さんは動かなくなった赤ちゃんの身体をどうしても失いたくなかったようです。
鼻先に乗せて国境のほう、アメリカのサンファンアイランドに向かって移動しはじめました。
時折赤ちゃんの身体は鼻先から滑り落ち、海に沈んでいき、J35さんは深く深く潜ってその身体を回収しなければなりませんでした。




イルカやオルカの母親が死んだ赤ちゃんを1週間以上も離さないという事例はこれまでにも確認されたことがありました。他の哺乳類でもこういった行動は珍しくはありません。
しかしJ35さんのこの行動は1週間どころでは終わりませんでした。


常に赤ちゃんの身体を運んでいるため、魚を捕まえたりといった通常の食事はできません。
(オルカたちは食べ物をシェアする動物であるため、J35さんの長男が運んでいるのではという説もありましたが)
その状態でなんと1600キロ以上も海を泳ぎました。
他の家族(J17sは全員で6頭です)もJ35さんを置いていくようなことはせず、一緒にいたそうです。


こちらの記事では「この10年間に彼女は他にも2頭の赤ちゃんを失ったようだ」とありますね。
次々と赤ちゃんを失った悲劇を乗り越えるにはこの行動が必要だったのでしょうか。


しかし時間がたてば、どんなに冷たい海でも腐敗はします。
16日目に赤ちゃんの身体が崩れ始めているのが確認され、赤ちゃんの身体を運び始めてから17日目、先日8月11日にようやく海に落としたのが確認されました。


研究者たちは安堵しました。
これでようやくJ35が普通の生活に戻れるからです。
赤ちゃんの体は深く沈んでしまい、おそらく(人間も)回収して死因を調査することはできないであろうとのことです。


オルカは深く入り組んだシワのある脳みそを持っており、その大きさは人間の脳みその4倍です。
自然界で生きていく中で、このような巨大で複雑な脳を持つ必要があってそう進化していったということです。
高度な社会性、豊富な方言、それぞれの個性、家族の絆の強さ、家族と離れたときの強いストレス…20年観察していても「なんて面白い動物なんだろう」と毎年のようにあらためて思います。


J35さんにとっては赤ちゃんが死んでしまったことが相当なストレスだったのだと思いますが(海外メディアはわかりやすく「非常に強い悲しみ」と表現していますが、日本でそう書くと嫌がる方が一定数いらっしゃいますので…)、赤ちゃんを海の底へ落としようやく一区切りついたらしく、現在は家族と一緒にいつものように泳いでいる姿が確認されているそうです。



一方、サザンレジデントのJポッドでもう1頭注目されている個体がいました。
J16sのJ50ちゃん(2014年生まれのメス)です。
J35さんがいるJ17sとは別の群れですが一緒に行動していてメディアの目が向けられました。

4歳のJ50ちゃんはこの先の生存が危ぶまれるほどガリガリに痩せていたのです。


健康なオルカのかたちをよく知っている人ならわかるかもしれませんが、写真で見るとブローホールの周辺がくぼみ「ピーナッツヘッド」と呼ばれる状態であることがわかります。

専門家たちは「周辺に餌を運ぶなど特別なケアをしないと死んでしまうのではないか」と考えています。

子供を産める年齢のメスの数が非常に限られており、生まれた子供もすぐに死んでしまう状態のサザンレジデントでまた幼いメスの個体の生命が危険な状態にあるのは非常に大きな問題です。
サザンレジデントは食料のキングサーモンが少ないだけでなく、非常に多くのウオッチング船やレジャーボートに囲まれやすい状況にありコールやエコロケーション機能をうまく使えない状態なのではないかと言われています。
カナダ漁業局では「この個体から最低500mの距離をとってください」とボートに呼びかけています。

J50ちゃんの問題については今後もツイッターなどで情報を更新していければと思います。


※サザンレジデントの個体識別カタログ2018年版は
https://www.whaleresearch.com(英語サイトです)
にアクセスし、CWR(Center for Whale Research)サポート会員として月額登録するとダウンロードできます。
最小額で月額5ドルからサポートできます。
支援したい方、興味がある方は登録してみてください。



また、オルカラボでもマンスリードネーションプログラムを行なっています!
http://a55lovestomoko.blog60.fc2.com/blog-entry-350.html
オルカラボをサポートしたい方、野生のオルカたちのために何かしたいけど何をすれば良いかわからない方は、よろしくお願いいたします。



さて!ノーザンレジデントの話題に戻りましょう。
昨夜から行方がわからなくなっており、東に行っていたのではないかと推測されていたA54sとA42s。
午前9時過ぎにイズミロック沖を東へと進んでいるのが発見されました。
黙ってうろうろしてたんかーい



午後になってポールとヘレナが帰ってきて、
そのまま潜れるスージー、ショーン、エマの3人がポールと一緒にCPの水中カメラのセッティングに行ってその間わたしはシフトのカバーに入って。


最終日だけどやはりなんだかんだとずっと忙しくラボにいました。
私はラボ2Fで生活していたためテントを畳む必要がないし、ラボでは普段からきっちり場所を決めて荷物を整頓して置いているので、パッキングは30分でできるほど超簡単なんですけどね。
CPの水中カメラは本日はセッティング完了できず翌日に持ち越しに。
ダイビング組も帰って来ました。


A30sとA42sは18時〜20時ころまでブラックニー・パスの入り口で食事。
そしてオルカラボの方にやってきました。


夕暮れの空の下、目の前に現れたオルカたちの姿は本当に美しいものでした。
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18080304.jpg



あまりにもバタバタしていたので本日もメインハウスでのディナーはなし。
わたし、Pちゃん、ディランは暗闇の中キャンプキッチンで協力してディナーをつくりました。
(今シーズンはヘレナのディナーが数日に1回になってさみしかったですが、ヘレナの負担がかなり減ったようでそれはそれで良かったです)
ダイビング機材を片付けたショーンとスージーが来て、シフト前のスージーに「ダイビングお疲れ様」といってディランが作ったポテト炒めをちょっとあげました。


そして前日にシュノアが旅立ったため、彼女が入る予定だった夜シフトの午前2時~6時が誰もいないという話になりました。
ショーンが「やってあげたいけどわたしはあした朝6時からシフトなの…」
スージーが「わたしもやってあげたいけどこのあと午前2時までシフトなの…」というので
わたしとディランが「わたしがやる」「僕がやるよ」「じゃあ2時〜4時と4時〜6時、2時間ずつにわけよう」と口々に言っていると

「あなたたちは今日1日じゅうラボで仕事してたじゃないの!これ以上働く気?すこしは休んで人間らしくしたら?」
とショーンとスージーに言われたのですが、あす島を出てこの仕事からまた1年離れるリピーターの寂しさを察してくれたのか、Pちゃんが「もう黙ってふたりに夜シフトをやらせてあげましょう笑」と言ってくれました。



ショーンは朝早いので寝に行って、
スージーはシフトでラボに行って。

島を出る組は食料を使い切らなければいけないため、わたしはパプリカと玉ねぎとにんにく、ブラックオリーブ、フェタチーズ、サラミなどあらゆるものを切り刻んでスペイン風オムレツにぶちこみました。
結果、まったく味付けしていないのにレストランで食べるよりおいしいオムレツが完成しました。笑

盛り付け雑だけど本当においしかったんですよ
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3人でディナーを食べながらひと息。
と、海のほうから



ブホッ、ブホオオッ



わたしたち「オルカだ………」

わたしは食事をわすれて即座にラボに走りました。
ラボ内で本を読んでいたシフト中のスージーに「オルカたちが戻ってきた!」と言ってデッキに出てもらい、レコーディングスタート。
ディランがわたしの食べ残した皿を持ってきてくれました。
「あの様子だとたぶんトモコはラボから戻ってこない」
と言って、Pちゃんと洗い物までしてくれたそうです。


わたしとスージーはラボでジョンストン海峡へ戻るA30sとA42sたちのブローを見送りました。


ディランも「明日島を出る組」なのに、わたしと同様に一日中他人のシフトのカバーでラボにいたせいでまだテントすら片付けることができておらず、キャンプキッチンでのディナーを終えた23時の時点でようやく荷造りをはじめテントをたたみにいっていました。
一緒に島を出るベン(超絶マイペース)はたぶん誰よりもはやく荷造りを終えてマップルームかどこかでさっさと寝ていたはずです。笑

わたしは荷造りには手間がかからないし、きのう寝たし、今夜どんなに寝られなくても明日以降は睡眠が保証されてるので気楽なもので「4時-6時のシフト楽しみだな〜、オルカたち鳴くといいな」とか思ってラボの2Fで横になりながらコールを聞いていました。


4時〜6時のシフトはこの光景だからすきです
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今回オルカラボに来るのが本当に難しくて、
「せめて10日間だけでも行かないよりマシ」とこの日程にしたのですが
なんでこのタイミングで帰国にしたんでしょうね?
(もう1週間残っていればA34sに会えたのに…)


毎年夏オルカラボでのボランティアに通うため就職もできず、
日本でバイトを続けながらもう20年もカナダと日本を行ったり来たりしていますが
わたしのような「オルカの調査、特に鳴き声の聞き分け」しか能力がない日本人が、
オルカの調査のため、オルカと人間との未来のためにずっとカナダにいられる方法はないんでしょうか。
なんとかして方法を探し出さねば…。


この翌日わたしとディランとべンはこの島を出て、
その1週間ちょっと後にはアメリも島を出て、
入れかわりにまた数人リピーターを含むアシスタントたちがやってくる予定です。


我らがPちゃんは今回も9月末までいてくれます!!
ポールとヘレナがIWCで留守にしている間のラボの管理も任されているようでなんと責任重大…。
でも彼女はボートのライセンスを取得していますし、施設管理がずば抜けてできる人なので任せておいて安心ですね。
インスタグラム(@orcalab_japan)を頻繁に更新してくれていますのでチェックしてみてください。



今後もオルカたちでいっぱいで忙しい8月になることを祈りつつ、
わたしは今シーズンの残りは日本でオルカライブとexploreを楽しもうと思います。


今年は期間が短いうえに、
想像を絶するくらい慌ただしくて最初から更新もままならず、申しわけありませんでした。
いつもピーク時には更新が遅れている気がしますが
今年は最初からピークでした。


長年運営しているこのブログも期間が短くなったり、更新できなかったり、
去年は現地にすら行けなかったりでお休みが続いてしまい、
どれくらいの皆様がまだここを読んでくださっているのかわかりませんが


野生のオルカたちがいる限り、この先もできる限り長く続けたいと思っています。
また来年もよろしくお願いいたします。

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2018-08-14 : オルカ : コメント : 3 :
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8月2日

午前2時42分。
転げ落ちるように1階におりてラボ内へ。水中マイクをセッティングするとコールズオンローカルレフト、北から帰って来たA42sがラボ前に来たみたい。

シフトについていたエマに外に出てブローを数えてもらい、レコーディング。
しかしエマが「ブローが北に戻ってるみたい」と言って来て、1時間後にはA42sは北に消えてしまいました。

さらにその1時間後、午前4時半。
今度はA30sのコールがCRPTの水中マイクから聞こえ始めました。ウェイントン・パスからジョンストン海峡入りしたみたいでした。

ポールとヘレナが留守のいま、オルカたちの動きの把握はわたくしにかかっています。
結局今夜もほぼオールナイトっ



みんなはエマにヨガレッスンを受けているようです
わたしはラボに缶詰ですが



ところで。
今年はさまざまなオルカたちのニュースがありましたが、日常の仕事でいっぱいいっぱいで描くことができませんでした。まずはジョンストン海峡のノーザンレジデントの心配なニュース。


A23sのA109がシーズン初めにボートに撥ねられたのです。
(mersocietyのインスタグラムより、2018年6月30日バンクーバー島北東部にてマッケイホエールウオッチング、Marieke Knierimさん撮影)

It is hoped that A109’s severe injury will lead to better understanding for the need to: be vigilant for whales, slow down, stay 200m away (regulation effective July 11), shut off engines, not position for an “accidental” close pass, and report incidents of disturbance / violations to 1-800-465-4336. See www.SeeABlowGoSlow.org for how to reduce risk and “Be Whale Wise”. This includes information on the Whale Watch Flag, raised by boaters to alert that whales are near. One can be obtained via nimmsa@gmail.com. A109 aka as Eliot was born into the A23 matriline of Northern Residents (inshore fish-eaters). The calf is the third member of the A23s to have injuries from being hit by boats. These and follow-up images will be relayed to DFO's Cetacean Research Program. It is not known if the calf will survive. Please share to increase awareness. Photo: June 30, 2018 off NE Vancouver Island by Marieke Knierim (@mlknierim), @MackayWhaleWatching. #seeablowgoslow, #bewhalewise #whaleflag #bewhalewise

MERSさん(@mersociety)がシェアした投稿 -




傷は大きく私たちは大変心配しましたが、1ヶ月たった現在も家族と共に泳いでいるのでとりあえず命に別条はないといったところでしょうか。
これまで私たちのエリアでは、リサーチボートをのぞく全てのボートはオルカたちから「100m」離れなければいけないというガイドラインがあったのですが、今年の7月11日から「200m」に変更されました。

きちんとガイドラインに沿って運行しているボートはともかく、一般のボートのなかには自分たちがオルカに近くことによって危険が生じることも、どれだけの音を水中で出しているかも想像できていない人たちがいます。
オルライブを聴いていると「ああこのボートの音をオルカたちも聴いているのだな」と思えるのですが。


しかし実は、今回の場合においては原因は人間側だけではありません。



このブログを読んでいる皆様覚えていますか?
2015年に当時6歳のA95がボートにはねられたことを。



そして彼らの叔父のA60も2003年に大きなプロペラにはねられたことがあります。
こちらに写真が。
A23s


さらに。
実は遠い昔、この群れではA60の兄弟であるA21がボートにはねられ、命を落としています。
判明しているだけでA23sでは実に4頭がボートにはねられているのです。


A23sは想像を絶するくらいサーフィンが好きな群れです。
クルーズ船など、大きな船のプロペラが起こす波に乗って水面から飛び上がります。

もちろんそんなことをすればプロペラにはねられて死ぬ危険があります。
オルカたちは高い知能を持っていますし、野生動物なら危険を回避するはず…ですし…、特に家族のほとんどがボートに撥ねられているA23sは十分にその危険性をわかっていてもおかしくないのですが。


少なくてもA60は、なぜか傷が癒えた段階でまたサーフィンを始めています!!



一体なんなのでしょうか。
そんなことをやって食事である鮭が得られるわけでもなく、あこがれの異性をゲットできるわけでもなく(たぶん…)


彼らを見ていると空中で大技を繰り出すサーファーさんやスノーボーダーさんなどを思い出します。
たぶん失敗したら大怪我をするほど危険なことは理解したうえで、あえて波乗りをやっているのです。
えっと、アスリート?


「人間のほうも必死にオルカたちとの距離をとろうとしているのに、A23sはなんてばかなんだ!!」
と言いたくもなりますが…


このような一見、理解しがたい行動を見ていると、オルカたちの知能はわたしたちの想像以上に高く、単純ではない感情を有しているのではないかなと思います。
(ちなみにこんな危ないことをするのはなぜかA23sだけです。家族によって楽しいことも、危険回避能力も違うようですね)


※ボートをお持ちの皆さん、A23sは本当に危険なので離れてください。しっかり距離をとって、エンジンを止めてください。波乗りのターゲットにされると自分が加害者としてオルカを轢き殺してしまう可能性もあります。そうなれば絶対一生モノのトラウマになります。彼らは200m離れた距離からでもじゅうぶん美しいです!



そしてこの日はもうひとつ、トランジェントのニュース。
7月から1頭でコモックス(キャンベルリバーより東)の入江にいたトランジェントのT73Bくん。なんか前にも入江から出られなくなったトランジェントがいましたが、あれはT46C2くん、別の個体です。


T73Bくんがいたコモックスの入江はわりとにぎやかな場所で、いったい何をどうしたかったのか、T73Bくんは船を引っ張ったりして暴れていたそうです(引っ張られた船は他の船に衝突しそうになり、かなり危険な様子でした)。


そこで!!
DFO研究者のジェレッド・タワーズさん。T73BくんがよくつるんでいるT75sとT77sのコールを録音して持っていたようで、それを流したのです。
T73Bくんは即座に、ものすごく反応して入江から飛び出ました。
そして猛スピードで北へと向かったそうです。
T73Bくんの写真はコチラ



その間もA30sとA42sはジョンストン海峡をウロウロ。
昼過ぎにジェイニー(元セターシアラボ)が助手のシュノアを連れて自身の研究所に戻って行きました。
さようならジェイニー、シュノア。また来年会いましょう。


その後、ポールとヘレナから連絡がありました。
「今日はバタバタして遅くなっちゃったから、明日帰るね!今ジェイニーとシュノアと一緒にピザを食べてるよ!」


あ、そう…。
お留守番延長確定です。


ショーンとエマとベンがディナーを作ってくれて、ウォーラスのキャンプからマークも降りてきていてみんなでメインハウスで食べました。みんなでホットチョコレートも飲みました。
これで夜も戦えるかな…。

コールは23時半に消えました。
2018-08-12 : オルカ : コメント : 0 :
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8月1日

オルカラボにいるときは「ヤバイ」と思う忙しさに見舞われるのが「当たり前」ではあるのですが、今年は本当にヤバイです。なぜなら昨日の昼にマグボトルにいれたアールグレイティーを飲む暇がなくて、日付が変わった今ようやく飲んでいるからです。
まだ熱いのが幸いです、サーモスありがとう。


新人のショーンがひとりでシフトについていたのですが、オルカたちがラボの前に来ていたためわたしがレコーディングを交代し、リピーターのディランがショーンのサポートで一緒に外へ出てオルカたちのブローを数え、動きを追ってくれました。


北からA30sとI15sの一部がやってきていて、ジョンストン海峡からはA4s(A35sとA73s、)とA42sが来ていて午前0時の時点でオルカラボの前はブローだらけでした。
ボートが3隻通過して、外にいるふたりが「ブローが聞こえにくく、動きが把握しづらい」とホワイトボードに書いて見せて来ました。
オルカたちはしばらくそのまま動かず、コールも止まり1時間。


「一部のブローはジョンストン海峡に戻り、残ったブローは北に進んで行っているみたい」とラボ内に戻って来たふたりが言いました。
普通に考えると北から来た群れが北に戻り、ジョンストン海峡から来た群れがジョンストンに…というところですが、そのすぐあとに驚くべきことが起きるのです。


なんと北からもジョンストン海峡からもA30sのコール…!!
A30sのA50sは、A4sを連れてI15sと一緒に北に戻り、A54sとA42sと一緒にジョンストン海峡に入りました。
つまり、私たちの眼の前で(といっても暗闇の中ですが…)A30sがふたつにわかれました。
今までにも少しそういった兆候はあったし、別にこれが初めてのことではありません。お母さんのA30さんが亡くなってしばらくたち、A50sもA54sもそれぞれの家族として少しずつ独立して行くのでしょう。
でもずっとA30sを見て来た私たちにとっては、やはり目の前でこういったことが発生すると、こたえますね…。

その後もA54sとA42sはずっと周辺をウロウロ。

午後になって、ポールとヘレナが用事でアラートベイへ行ってしまいました。
毎度のことですが責任が重くのしかかるお留守番…。


今日の18時から紅鮭の漁が36時間解禁となりました。
大型の商業漁船が何十台もジョンストン海峡に現れ、水中マイクはボートノイズでいっぱいになりました。

そんなボートノイズの中わたしとディランには、北に行ってジョンストン海峡にはいるはずのないA4コールが聞こえてさらにあたまが痛くなりました。
いや、たぶんA42sがやってるんですけどね。
ここにきて「スプリンガー風weeawu」まで披露してくるのはやめてほしいです。

(ディランはコールに尋常じゃない興味があるうえカナダ人なので、もしいつかラボを卒業したとしても将来このエリアのオルカ調査を支える立場になると思われるため、私にいつ何があっても大丈夫なように脳みそハードディスクのバックアップとするべく一昨年から超スパルタでがっつりコールを教えています)


午後7時半ころ、A54sはオルカラボの前を通過して北へ。
わたしとスージーがデッキで個体識別をしていて、Pちゃんとディランが中でカメラ操作とレコーディングをしていて、A54sが北へ消えたので、スージーがガラスごしに
「夕焼けの山を映して」とダービー山のほうを指したら、中からPちゃんとディランが山を指して
「オルカ」と言っていました。

スージー「オルカじゃなくて、山」
ディラン「いやいや、オルカ」
スージー「いやオルカは北に行っちゃったから、山を映して」
ディラン「だから、そっちにオルカがいるって!」
スージーとわたし「え!?」

A42sが続いて来ていました!
意味もわからず必死に山だ山だと訴えていた私たちは一瞬、個体識別も忘れて笑い転げました!笑
デッキにいるのにラボ内から指摘されるとは…笑


遠かったのであまりいい写真ではないですが
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山。笑
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そういえば、なぜスージーとわたし、ディランとPちゃんしかラボにいないのでしょうか?
まあ、ポールとヘレナがいないのでみんなリラックスしていて、オルカが遠いときは別に…って感じなのでしょうか。(ラボにいたわたしら4人は全員リピーターです。やっぱりね!)



ポールもヘレナもいないのにオルカたちが変な動きをしてわたしがいつまでもラボに缶詰になっているのを哀れんだPちゃんとシュノアがディナーを作ってラボに持って来てくれました。
エマはクッキーをくれました。寝る時間は相変わらずありませんが、みんな優しくて涙がこぼれます。

オルカたちは全員北にいき、23時にはいったんコールが途切れたのでした。
2018-08-08 : オルカ : コメント : 0 :
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7月31日

午前1時半。

オルカたちは夜の間もずっと鳴いていました。
わたしはシフト上では午前2時からの予定だったのですが、日付が変わったころから階下のラボ内でうろうろ、うろうろと落ち着かない足音が聞こえているなあと思ったら、午前1時半にベンが
「もう一秒も起きていられないから交代して」
と言って来ました。
コールが聞こえている間はどうせちゃんと寝てないから別にいいけど…。


午前2時半。
ピカッ、ゴロゴロゴロゴロ。

深夜のブラックニー・パスがとても明るくなりました。
光るごとに水中マイクの音も乱れて、雷が大嫌いなわたしは震え上がりました。

ここ数年ラボではWatsAppという、日本でいうLINEみたいなアプリのグループチャットで情報共有をしているのですが

「通知がばんばんくるなあ、雷ぜんぜんやまないし、ここまでの轟音だとテントでは不安だからみんなバスハウスとかに避難してるのかな」

と思って確認したら、ディランとシュノア2人だけ(たぶん、アシスタントたちのなかではセンシティブなほう)が
「雷すごいけどみんな大丈夫?」
と交互に言っているだけでした。


翌朝確認したところ、他のみんな(インセンシティブ)は各自のテント内でなんとなく起きてはいたものの返信するほどの気力はなかったらしく、昨日到着したばかりのスージー(去年からのリピーター)に至っては雷が鳴ったことを知らないほど深い眠りについていたそうです。
何があっても絶対起きない人だとPちゃんから聞いてはいたけどさすがです、スージー…。


今年のアシスタントもまあそれぞれにいろんなキャラクターで面白いです。
今回のわたしの滞在が短いので、あんまりみんなと長い時間を共有できないのが残念ですが。


そしてわたしはこの日、寝た時間をカウントするのはやめました。
「こことここの間に30分寝た。ここではウトウトしていただけだけど40分は横になっているはず。このときは1時間ちょっと寝た、だから合計…」と計算するのなんて無意味でしかない。要は体が動くか、動かないかだ。


今日はわたしはいろんな事態が重なって食事もままならないくらい本当に1日じゅうラボに缶詰になっていたのですが、オルカたちにおいては非常に興味深い行動がみられました。
夕方16時くらいからA30sとI15sが「ブラックニーパスの入り口」で食事を始めたのです。


べつにそれ自体はもう飽きるくらい見慣れた行動で、このブログやオルカライブアップデートを数年間読んでいる方がいるとしたら「ああ、あれね」と思うのかもしれませんが、問題はこれが「7月」であることです。A30sとI15sがブラックニー・パスの入り口から動かないのは8月後半から9月にかけて、なぜなら彼らが食べているのは「チャムサーモン」だからです。


ディランのルームメイトのローレンさんがちょうどこのエリアの調査船に乗っていて、情報をくださったのですが、今年はすでにチャムサーモンがジョンストン海峡に来ているとのことでした。
確かに8月によくみられる群れであるI15sがすでに来ていたりするし、今年はいつもよりいろんなことがちょっと早いようです。


20時ころ、へとへとになっていったんラボから抜け出しキャンプキッチンに行くと、シュノアがお疲れ様といってホットチョコレートとティムタムをくれました。
ティムタムの両端をちょこっとかじって、ストローのようにホットチョコレートを吸う食べ方を知っていますか?ちなみにわたしは成功したことはないのですが、どっちにしてもティムタムがとろけて最高です。


あまりにも忙しかったのと、オルカたちがラボ前を通過したときはラボ内でライブカメラのコントロールをしていたため、この日の写真がPちゃんとディランが作ってくれたキャンプキッチン用包丁スタンドの写真しかありません。
でも1日ラボに缶詰になって、出て来たら新しいツールが増えていたのでとても嬉しかったです…笑

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2018-08-06 : オルカ : コメント : 0 :
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プロフィール

Tomoko(Orcalab Japan)

Author:Tomoko(Orcalab Japan)
カナダ・BC州の海洋生物研究所「オルカラボ」で、野生オルカ(シャチ)の鳴き声の解析スタッフをしています。
夏の間は研究のためオルカラボのあるハンソン島に滞在。日本ではよくライブハウスにいます
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