夏になると、野生のオルカが鮭を追ってたくさん集まってくる、カナダ、BC州のジョンストン海峡。その中でも、オルカが特に頻繁に通過するハンソン島から、毎日の生活とオルカの様子を、日本の皆さんにお届けします!

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スプリンガー

スプリンガーがお母さんになりました。


CBCニュース(英語サイトですが写真が見られます)


2002年のはじめ。
アメリカ(シアトル近く)の海で1頭の幼いシャチがひとりぼっちでいるところを発見されました。
野生シャチの生態を知っている人間たちはとても心配しました。
シャチは家族の絆がとても強い動物。
子どもがひとりぼっちでいるなんて異常事態です。



野生のシャチは数が少ないため沿岸にすむもののほとんどが個体識別されており、研究の盛んなところでは研究者用に群れの家系図まで作られています。
いったいどこの子なのか調べようとしましたが、いくら家系図をたどっても現地の群れに該当する子シャチは見つかりませんでした。

困り果てた研究者は水中マイクを沈めてびっくりしました。
その子はアメリカではなく、遠く離れたカナダのシャチの方言をはっきり使っていたからです。


比較的海の中が静かなカナダではシャチの鳴き声の分析がさかんに行われています。
カナダの研究者の協力も得た結果、鳴き声から子シャチの身元はあっというまに判明しました。
その子が「スプリンガー」です。
A73という個体番号をもつ、カナダに住む2歳のメスでした。
母親を亡くし、迷子になってアメリカまで迷い込んだものと思われました。
(野生のシャチのめすは寿命が長く、平均60歳くらいまで生きます。最長では100歳近くまで生きるものもおり、シャチの2歳も人間の2~3歳とほとんど変わらない幼さであると考えられます)


身元は判明したものの、これからどうするか人間たちはいろいろ話し合わなくてはなりませんでした。
仲間のもとに戻すとしても、果たして1年以上行方不明になっていた幼児を仲間は憶えているのだろうか。母親がいなくても、誰かが受け入れてくれるだろうか。
とても難しいプロジェクトに見えましたが、人々の気持ちは一致しました。


「せっかく身元が判明しているのだから、仲間のシャチを信じてカナダの海に連れ戻そう」


たくさんの人々がこの1頭のシャチのために固く手を結び、2002年夏、カナダとアメリカ2カ国間にわたる壮大なプロジェクトがスタートしたのです。




シャチには種類があり、そのなかの2種がメジャーで研究も進んでいます。
ひとつはテレビや映画の恐ろしい映像でおなじみ、アシカやほかのクジラなどのほ乳類を食べる群れ(トランジェント)です。
相手がほ乳類なので、狩りをするのも大変です。えものに自分たちの存在を知られないよう呼吸すら静かに移動し、とっても無口です。


もうひとつが魚を食べる群れ(レジデント)です。
えさが魚なので余裕しゃくしゃくです。年がら年中ぺちゃくちゃしゃべりながら、仲間と遊んでばかりいます。
この群れにとってしゃべることはとても大事なため、家族ごとに多彩な方言が生まれました。
水中マイクを沈めれば人間にも聞き分け可能です。
しかしこの群れは穏やかで、トランジェントがほ乳類を狩る姿のように迫力ある絵づらは見せてくれないため、テレビや映画にはあんまり登場しないのでその存在を知らない人も多いと思います。

この2種は見た目も少し違います。別々の種類になってから1万年とも言われており、野生ではたとえ同じエリアを通過したとしてもお互い避けていて交流はありません。


スプリンガーは魚を食べるほうの群れでした。
冬の間は食べ物を求めて広い海のどこかに家族ごとに散り散りになっているシャチの群れですが、夏になると川を上る大量のサケを食べるため、狭い海峡にたくさんのシャチがいっせいに集まってきます。


2002年7月。
仲間が海峡に戻ってくるシーズンを待って、スプリンガー帰還プロジェクト開始!


現地時間7月13日午前5時。
テレビ番組の生中継、上空にはヘリというたいそうな環境のなかでスプリンガーは箱詰めにされて高速船に乗せられ、アメリカを出発しました。

カナダ側では、わたしたちの研究所「オルカラボ」のとなりの入り江にいけすを作って到着を待ちました。
午後6時半、スプリンガー到着。
いけすに入れられ、仲間が来るのを待つ事になりました。


そしてその夜、さっそく仲間がやってきました…。


スプリンガーと迎えに来た仲間が交わしたこの時の鳴き声を、わたしは忘れることができません。
迎えに来たのは、たまたまいけすの近くを通った、とても近い親戚の群れでした。
彼らはいけすのほうに近づき、スプリンガーと共通のいちばんわかりやすい群れの方言を全員で大合唱しはじめました。


そしておそらく1年以上ぶりに身内の声を聞いたスプリンガーのほうは、同じ方言を返すかと思いきや…
ふだん完ぺきに使える方言がまったく使えず、ただただ、相手に向かって「オウッ、オウッ、オウウッ」と何度も何度も、ほんとうに何度も…叫び続けるだけでした。


待機していた私たちはすぐにいけすの網をおろしたい衝動にかられましたが、真夜中の出来事であったためプロジェクト指揮官の判断のもと、解放は翌日にもちこしになりました。


7月14日。
明るくなって入り江は研究者と報道のボートでいっぱいでした。
しかしそんな中、親戚のシャチたちは再び入り江にやってきたのです。

彼らは野生のシャチで力も強いので、いけすまわりの人間を襲う事も、いけす自体を破壊しようとすることも、もしやろうと思えばできたかもしれません。
しかしこのとき、迎えに来た家族がとった行動は
「入り江の半ばまで進んで静かに止まり、全員で横一列に並んで浮かび、そのまま静止して人間の出方を待つ」
というものでした。


このプロジェクトの指揮官である研究者がゴーサインを出し、網がおろされてスプリンガーはいけすから飛び出ました。
親族のもとへ一直線に泳いでゆくスプリンガー。
わたしたちは感動で号泣しながら、仲間のもとへ消え行く小さな背びれを見送りました。
ところが…。


スプリンガーは親戚の前までくると、突然止まりました。
親戚家族はスプリンガーが解放されたのを確認するとゆっくり方向を変え、入り江から出てゆきました。
そしてあっち、こっちと方向を迷うそぶりを見せていたスプリンガーは、なんと親戚家族とは逆方向に進んでいってしまいました。


わたしには何が起こったのかさっぱりわからず、感動の涙も止まり大混乱しました。
スプリンガーはどうして群れの中に飛び込まなかったのだろう?


知っている海に帰って来たスプリンガー。
おそらく1年以上ぶりに聞いたたくさんの仲間たちの声。
しかし勢い良く飛び出て親族のもとにかけつけてみれば、そこにはお母さんがいなかったのです。



シャチは人間の脳の4倍もある大きな脳みそを持っています。
大きいだけでなくしわも複雑に入り組んでおり、脳を活発に使う動物であることがわかります。
本能のみで動く動物ではなく、生きる中でこの複雑な脳を使う必要があるいうことです。


しかしその複雑な脳があったとしても、たった2歳のスプリンガーは母親がいない=死んだことを理解していなかったのかもしれません。
故郷の海に帰ったスプリンガーでしたが、その後しばらくは、ある場所でぼつんと浮かぶ姿が何度も目撃されました。
その場所は東西南北の音がよく聴こえ、シャチたちが仲間の家族を待つ時に、聞き耳をたてる「リスニングスポット」として研究者の間で知られるところでした。
母の声が聞こえてくるのを待っていたのでしょうか。



しかし、故郷に帰って来た以上、スプリンガーは本当のひとりぼっちにはなりませんでした。


7月15日。
ジョンストン海峡の生態保護区にすべすべした丸い石がたくさんあるビーチがあります。
Rubbing beachと呼ばれ、ジョンストン海峡のシャチたちはここの石で身体をこすりリラックスした時の鳴き声をあげます。
その場所に連れて行ったシャチがいました。A55という若い個体です。
そこではじめてスプリンガーはジョンストン海峡のシャチと再び交流しました。
しかし、少し時間をともにしてまた離れる、という行動を繰り返しました。


7月17日。
A36sという大きな三兄弟が、リスニングスポットで浮いていたスプリンガーと少し鳴き声を交わしました。
するとスプリンガーは彼らとともに泳ぎ始めました。
三兄弟は小さなスプリンガーを真ん中に囲って泳ぎ、他のシャチたちが集っている場所へ連れて行きました。


そのシャチたちが集っている場で出会ったのが、子供をなくしたばかりのあるメスです。
A51という個体で、魚をとってあげたり、危ないボートに近づかないようガードしたり、何も知らない人間から見るとまるで実の親子のように世話をしていました。
そうやって2週間ほど行動を共にしましたが、このメスとスプリンガーとは方言が違ったためか、新しい家族となるには至りませんでした。


最終的にスプリンガーが行動を共にする事にした家族は、同じ方言を話す親戚の群れ、A11sという家族でした。


シャチはお母さんが群れのリーダーであり、基本的に息子も娘もお母さんとともに一生を過ごします。
お父さんは群れの中にはいません。オスは自分のお母さんと一緒です。
恋に落ちたオスとメスがいたらほぼ家族同伴でデートして、またそれぞれのお母さんのもとへ。
あるメスに5頭子供がいたとしたら5頭ともお父さんは違うそうです。
こうやって少ないコミュニティの血が濃くなるのを防いでいるという説があります。


お母さんが亡くなると娘がつぎの世代のリーダーとなり家庭を支えていきますが、お母さんをなくした息子は死亡する例も多く見られます。
こういったオスの解剖をするとその副腎からホルモンが大量に分泌されたことがわかり、心臓が必要以上に働いたため心筋もボロボロになっていることがあるそうで、これは過度なストレスによるものと考えられるようです。


お母さんが亡くなっているスプリンガーはメスであるため、すでに自分ひとりの群れのリーダーですが、それでもA11sの家族や親戚とは基本的にずっと一緒で11年が経過し、2013年。



人間の手で野生に戻したけれど、現在のスプリンガーは人間に全く興味を示しません。
大自然のサイクルの中で暮らす単なる野生のシャチの1頭です。
だけどそれこそが、わたしたちが心から望んでいた事。


2013年。
13歳のスプリンガーは、母になりました。
(ちなみに、平均よりほんのちょっと早いです。笑)
故郷に帰ったあの日、入り江の中まで迎えに来た親戚の群れのなかで、赤ちゃんと一緒に泳いでいます。


カナダとアメリカが手を結んで、研究者、漁業局、マスコミ、先住民族、野次馬、みんなが一丸となって救ったのはたった1頭のシャチの命のはずだったけれど、これからまた1頭、また1頭と子供が生まれ、その子がまたお母さんになって子供を産んだら、わたしたちが救ったのはたった1頭じゃないかもしれない。


なんでシャチを選んだの?
野生のシャチを研究しているけれど、野生のシャチだけを自然から切り離して研究しているわけではありません。シャチの住む美しい海があって、シャチが食べるサケがいて、シャチに食べられなかったサケは川をのぼってクマやハクトウワシに食べられて食べかすが木々の養分となり、木々は空気を浄化してきれいな空気の中で雨が降って…自然は全て繋がっています。
わたしはたまたまシャチだったけれど、魚の研究者だったり、鳥の研究者だったり、杉の学者だったり、いろんな専門家が手をつないで自然のことを人々に伝える架け橋になれたらいいと思います。


何のために鳴き声の分析を?
興味のない人から見れば、シャチの鳴き声の分析なんてものは生きる上でなんの役にもたたないもののように見えるでしょう。しかしこの研究がなければスプリンガーの身元は判明しなかった。
何かを救いたいと思ったとき、もしたくさんのお金があったとしても相手のことを知らなければ救う事はできません。


ボランティアと聞きましたが、いったい何のためにお金にならない研究を?
地球のいきものと地球上で共に生きていくためです。
ただ、その一心で。


同じ研究を継続しデータを取り続けるのはすごく地味だけどすごく大事なこと。

7月末から、今年もハンソン島に行きます。
シャチの集まるあの島へ。
よろしくお願いいたします。


野生のシャチが生きられる海を未来に残していくために。

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2013-07-11 : オルカ : コメント : 9 :
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プロフィール

Tomoko(Orcalab Japan)

Author:Tomoko(Orcalab Japan)
カナダ・BC州の海洋生物研究所「オルカラボ」で、野生オルカ(シャチ)の鳴き声の解析スタッフをしています。
夏の間は研究のためオルカラボのあるハンソン島に滞在。日本ではよくライブハウスにいます
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