8月7日
- オルカ
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午前3時。体力の限界を感じたわたしはエヴァンに録音を交代してもらった。
午前4時。コールが途切れた。エヴァンは録音を止め、わたしを起こして録音を止めたことを報告。わたしは耳を澄ませながら寝る。
午前5時半。トイレに起きる。森の中まで往復、寝袋に戻る。
午前6時。電力が落ちスピーカーの音が途切れる。ジェネレーター始動させる。
午前6時15分。ポールがラボに来たので、ジェネレーターつけた時間を報告。
午前6時45分。
ラボの2階に登ってきたシェーンがくつ下の片方を脱いで、寝ているエヴァンに匂いをかがせた。エヴァンの悲鳴でわたしも起床。
「もう出発するんだ。元気でね」
シェーンがそのまま行ってしまおうとしたので「いやいや、海岸まで見送るよ!!」とわたしとエヴァンふたり、眠い目をこすり急いで寝袋から飛び出て1階へ降りる。
エヴァンの向かいで寝ていた子ポールは…やはり熟睡していて動く様子はないのでそっとしておく。
今日はシェーンとゲストのティム一家が帰る日。
このスーパーゲストの旅立ちに誰もが涙を隠せない。お父さんのティムを筆頭に、3人の息子たちは海岸で切った丸太を全て運び、信じられない量の薪を割り、歩きにくかった森の通路や建物の破損箇所を修復、燃料用の小さな流木を山のように積み上げ、空いた時間に海岸で音楽を奏でた。
お母さん(元オルカラボアシスタント)のダーンは、朝食を作って家族を送り出し、ランチを作ってみんなを迎え入れ、ひとりひとりの息子を抱きしめて今日の仕事を誉め、メインハウスでのディナー時には、家族とアシスタントたちとの会話を自然に繋いで人の輪を作ってくれた。
そして実はこの一家は、去年のスーパーゲスト、スティーブ&ジェニファー父娘の親戚だった。なんと素敵な人たちを生み出す土地なのか。
わたしたちは未だ訪れたことのないオンタリオ州に思いを馳せた。
ポールがタウンランで拾ってきたシェーン(共にニュージランド出身、同郷なので話が弾んだらしい)は、1ヶ月しかいられず、オルカのこともよく知らない、自由を愛する不思議な青年だった。
しかし彼は素手でロッククライミングできるほど体力もあり、器用でメカニックや配線などに詳しく、1999年から2003年までオルカラボの何でも屋だった「妖精」ディビッドのようにいろんなものを修理したり、ポールの機材メンテナンスに同行してとても重宝されていた。あまりレコーディングはしなかったけど!
霧の中のウォータータクシー。シェーンと素敵なゲスト一家を連れて行った。
みんなまた来てね!!ありがとう!!
午前7時36分。
動かない身体、ようやくちゃんと寝袋に入ってウトウトしかけたころ、まくら元のスピーカーからコールが聞こえてきた。
「あぁ…」
わたしとエヴァンは両手で顔を覆った。エヴァンの奥に寝ている子ポールをチラリと見たが、全く起きる気配はない。昨夜は「僕も手伝うぜ!!」とか調子いいこと言ってたのに…。
ため息をつきながら1階へ降りる。録音をスタートさせるとそこにメラニーが来て「わたしに任せて」と言ってくれたので、お礼をいいつつ、ふらふらになりながら2階へ戻った。
10分後。
屋根裏への階段を上ってきて、出入り口の穴からひょこっと顔を出したポールが、寝ているわたしたちにこう言った。
「2006年のアシスタントだったパットを覚えているかい?
今、ホエールウオッチングボートのナオミWを貸し切ってラボ沖に来てるんだよ。
今からエコーベイに行くらしいんだが、君たちの中で一緒に来たい人がいたら、
誰でもウエルカムだそうだ」
は?
「もちろん寝たいだろうから、選ぶのは君たちだけど…5分のあいだに決めてくれ」
ポールはそのまま下に降りていった。
わたはとエヴァンは顔を見合わせた。
「どうする?」
「行こう、トモコ」
つぎの瞬間、わたしたちは寝袋から飛び出て、眠り続けていた子ポールを叩き起こした。
「何だ?何だ?」とボケッとしている子ポールにエヴァンが「エコーベイに行ってアレックス・モートンに会うんだ、5分で準備しろよ」と言い、1階へ飛び降りていく。
わたしは「エコーベイに行く」という言葉に、暴走したエヴァンがエコーベイ在住の有名な研究者、アレクサンドラ・モートンさんに会うというシナリオを勝手に付け加えたことに吹き出しそうになりながらも、寝ぼけている子ポールを急かし、自分のおやつやカメラをカバンにつめた。
あせって、寝袋から出たばかりの半そで、ハーフパンツでボートに向かいそうになったエヴァンは、メラニーに「海上は寒いのよ!?上着を持って、長袖に着替えなさい!!」と叱られ、すごすごと自分のテントに着替えに行った。
録音はなんとヘレナがやってくれることになった。
こうしてわたし、エヴァン、メラニー、ベリーナ、そしてたまたま来ていた子ポールとトーマスの全員が、半日オフで船の旅を楽しめることになった!!
ナオミWを貸し切っていきなり訪れてくれたパットは、2004年〜2005年のアシスタントだったジュリのお母さんであり、自身も2006年に最年長アシスタントとして働いた陽気な女性。
イギリス人だけど、娘のジュリが働いているところを見たいとジョンストン海峡に遊びに来たところすっかり気に入ってしまい、ハンソン島からボートで40分のアラート・ベイに家を買ってしまった。
わたし、エヴァン、メラニー、パット、子ポール
偶然にもチーム2006のうち5人が揃うという楽しい事態に♪
CPに行ってる桃子が入れば完璧だったんだけど
出発してすぐに、ハンソン島の対岸スワンソン島でクマ発見。
ベリー類を食べてたみたい。
旅はとても楽しかった!!
ボートは小さな島々の美しい景色の中をくぐり抜けて、クマやネズミイルカ、かわうそ、アザラシなどのたくさんの生きものたちに遭遇しながら、エコーベイに到着。
わたしたちはナオミW特製の温かいスープをランチに頂いた。
ウオッチングボートの貸し切りに、いったいどれくらいのお金がかかるのかわからないけれど、パットは「あなたたちの喜ぶ顔を見ていると、わたしはとても楽しいのよ」と言って、わたしたちには一銭も払わせなかった。
エコーベイの港で写真を撮ったり、お土産屋さんを見たりしていると、向かいのボートの給油所に1隻のボートと、銀髪の女性の姿が見えた。
まさかこんなチャンスが訪れるとは!!
わたしたちの中でひときわシャウトの大きなエヴァンが、なんの迷いもなしにこう叫んだ。
「アレーーーーーーーーックス!!僕たちはオルカラボのアシスタントです!!
お話しさせてくださーーーーーい!!」
一瞬の沈黙ののち、彼女はこう返した。
「オーケー!!」
エヴァンの暴走妄想通り、本当にエコーベイに来てわたしたちの「有名人」アレクサンドラ・モートンさんに会ってしまった。面識のあるわたしは、この再会の仕方はとても恥ずかしかったけど…!!
オルカの研究や多数の著書でも有名な彼女は現在、オルカの食べ物である野生の鮭とその鮭を蝕む寄生虫の研究に情熱を注いでいる。
ブリティッシュ・コロンビア州でも、アトランティックサーモンの養殖が大きな問題になって来ている。
いけすにぎゅうぎゅうづめにされた養殖の鮭には、あっというまに寄生虫や伝染病が広がり、それが野生の鮭に感染する。大人の鮭はまだしも、赤ちゃんの鮭に寄生虫がつけば、生まれた瞬間に命がなくなってしまうようなものだ。わたしたちが時おり漁師さんからいただく鮭にも、電話のコードみたいな長い寄生虫がついていることがある。
今年のジョンストン海峡においては、オルカの主食であるスプリングサーモンはごくわずか、オルカは食べないが人間が好む紅鮭も少なく、オルカが冬を乗り切るためのチャムサーモンに至っては、ゼロだそうだ…。
食べ物である鮭が守られない限り、オルカたちの生活が守られることはない。
アレックスさん(中央)とわたしたち
6時間めいっぱい遊んでオルカラボに戻った。
パットは別れ際に「ちゃんとみんなでわけるのよ!!」と言って、大量の上質なチョコレートをくれた。
ラボに戻ってログブックを見ると、ほぼノンストップでヘレナが録音してくれていたようだった。A30sはオルカラボの前を通過してジョンストン海峡入りしていて、A24sとA5sに出会い、1日じゅう海峡をうろうろした。
帰ってすぐ、子ポールとトーマスはオルカラボ前にボートを停泊する碇にうきをつける作業をした。ふたりで凍えるような海にダイビングして、うきを直してくれた。今年はダイバーがいなかったので、ポールもヘレナも大喜び。
ただ、今年を最後に、子ポールは最低でも4年間はジョンストン海峡に来られない。
博士号取得のため、フランス領の孤島で4年を費やさなければならないからだ。
夕暮れの中、オルカラボを後にする子ポールとトーマス
彼らの姿が完全に見えなくなるまで、ヘレナがデッキで見守っていた。
午前3時前にオルカたちは東へと消えた。
メラニーがずいぶんがんばってくれたが、それでもわたしたちの睡眠時間は削られた。
寝そこねたわたしとエヴァンは悲しくなって、とうとう、桃ちゃんとゆみちゃんに手紙を書くことにした。
- [2008/09/15 11:01]
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